色んな本を読みつつ、司馬遼太郎ブームは続いています。この間、”翔ぶが如く”を読み終わりました。西郷隆盛と大久保利通を中心に、明治維新から西南戦争あたりを描いています。
幕末から明治維新のあたりというのは、日本における革命時期、という解釈で書かれていて、それまで身分が低かった若者が、次々に政治の表舞台に登場します。で、それは立身出世物語で爽快なものがあるのですが、この登場人物たち(伊藤博文とか井上馨とか)実は結構ハチャメチャです。
金の長州、女の薩摩と言われていたらしく、豪遊を重ね、妾は大勢、豪邸はばんばん建てて、と今ならマスコミに叩かれまくること必至です。で、あげくのはてにはすぐ海外外遊に出かけて、これまた信じられないほどのお金を使うのです。でもその一方で、やるときゃやる!ということで、政治に命をかけるんですね。
幕末~明治維新のあたりを描いた小説を読むと(場合によっては日露戦争あたりまで)、この国が植民地にならなかったのは、奇跡のように思えてきます。色々あれど、その舵取りをしつつ、何とかこの国難を乗り切った人物たちは、清濁あれど(清濁濁濁ぐらいかもしれないけれど)尊敬に値すると思います。
情報伝達の手段が今ほど豊富でなかったのが良かったのか、実は報道されても大して気にしなかったのかわかりませんが、それなりにおおらかな時代だったのではないかと感じます。
で、今や一億総レポーター時代で、いつでもケータイでカシャカシャ。ちょっと目立つことをすると、箸の上げ下ろしまでネットに書かれてしまう始末。政治家は公人、財界人もメディアに出れば半公人などと言われ、ちょっとしたことで非難を受けますが、本当に窮屈な国です。
”村八分”という言葉もあるように、もともと農耕社会で御互いの連携・監視で成り立っている民族性だと言う人もいるぐらいですが、農業が主要な産業でなく、個人主義が主流になっても、悪いところだけ残ってしまうものなんですね。
首相の夏休みもいいじゃないの、橋本知事がスポーツクラブに行ってもいいじゃないの、そんなことをあげつらうから世の中のストレス値があがるんじゃない、と思ってしまいました。サルコジ首相のマイペース、ファーストレディの公務拒否でも非難の上がらない国、フランスってある意味すごいな、と感心しきりです。