音楽も小説も、あまりジャンルを問わず楽しむ私ですが、好みを問われれば、ミュージシャンであれば佐野元春と答えます。
佐野元春は最近はあまり聴かないのですが、高校生の頃に大好きでした。SOMEDAYという歌の歌詞に”タイクツな大人にはなりたくないんだ”というのがあって、それはもう何十年も私の心に強いこだわりとして残っています。今でもふと”自分はタイクツな大人になりさがってはいないか?”と自問自答します。
私は高校生の頃、学校の先生が大嫌いでした。登校拒否にはならなかったものの、”生活のために仕方なく教職をとった”というタイプの教師の授業はほぼ丸々寝ていましたし、あまりに頭に来たとき、教師を殴ったこともあります。(一応数日間は学校をお休みすることとなりました)この件、内輪で済んだと思っていましたが、のち、教育実習で母校に帰った際、生徒たちに”先生は生徒だったころ、先生を殴ったって本当ですか?”と授業中に質問され、周知の事実だったことを改めて知りました・・。
私にとって、高校生の頃の青さをどこまで保っていられるか?というのはとても大切なことです。何より大事な価値観かもしれません。自分でいろいろ考えるに、それは”誠実で真摯である”ということです。人間誰だってダレてしまうこともある、綺麗ごとで済まされないこともあるかもしれません。でも、それでもやっぱり、自分のやることにはある程度誇りを持ちたい、と思うのです。わけもなく威張りたくもないし、権威にまかれたくもない。自分なりの楽しさ、周囲に対する誠意があれば、”タイクツな大人”ではないよね、と思います。
私が嫌いだった教師は、マニュアル通りの授業でちっとも面白くない、自分で何の努力もしていないのに、生徒に従順を求めるタイプでした。権威に守られた人、教師や上司は、その立場だけで、一定の時間・場所に人を拘束することができますし、指示を出すこともできます。その意味のない拘束が、本当に私には苦痛でした。
仕事で経験や年齢重ねて、指導、指示をする機会を与えられるようになり、何年にもなります。だから改めて思うのです。”タイクツな大人になっていないか?”と。