先日、日本マーケティング協会のセミナーで、おもてなしとホスピタリティについてのセッションがありました。講演&パネリストとして参加しましたが、学ぶところも考えるところも多かったので、備忘録方々まとめてみたいと思います。(やっと着手しました!)
滝川クリステルさんの”お・も・て・な・し”以降、様々な場所でこの5文字を目にします。ニュアンスとしては、お迎えしますよ、親切にしますよ、楽しめますよ、サービスしますよ、といった脈絡で使われることが多いようです。目にした側も、”ちょっといいサービスが期待できそうだ”という受け止め方をしているのだと思います。
おもてなしはホスピタリティのちょっと上、サービスのうんと上、という感覚を私自身持っており、この”おもてなし”が日本の財産!という風に捉えていました。
が、そこは一応講演という場、ちゃんと言葉の定義を調べてみよう、と思って辞書を開いてみると、思わぬ発見がありました。
サービス;ラテン語のservitors(奴隷)が語源。提供する側とされる側に主従関係が発生
もてなし(以て為す);広辞苑によると、1.とりなし、とりつくろい、たしなみ 2.ふるまい、挙動、態度 3.取扱い、扱い、待遇 4.馳走、饗応 とあり、”もてなす”には良い意味も悪い意味もあった。現代のように接待の意味が主流になったのは中世以降
ホスピタリティ;ラテン語のhopesが語源。病院hospitalと語源が同じ。ちなみにhotelも同じ。hotelは、かつて、交通機関や宿が整備されていなかった時代に、危険と隣り合わせで巡礼する異邦人に、宿と食事を提供したことが始まり
とあります。ホテル業を学ぶ人は、”ホテルと病院の語源は同じ”と学校で教わると思います。聖地に向かう人に無償の宿や食事を提供することが、功徳につながるという考え方のようで、病人のケアをすることと同じく、その根底には神につながる”無償の愛”がある、という思想のようです。欧米のボランティアや寄付の考え方はこういったところから来ているのかもしれません。
一方で、日本の”もてなし”にはそういった”無償の愛”の兆しはありません。日本にもお伊勢参りという風習がありましたが、この時代はすでに交通がある程度発達していましたし、かなりの覚悟が必要だったとはいえ、旅籠もあり、茶屋もあり、この旅が一種の商業活動になっていると思わせる記述が多くあります。
そして、何と言っても、”もてなし”は以て為すなのです。それで何かを為さねばならない定義。これには驚きました。