ジャニーズ事務所問題は、収束する兆しが見えません。芸能事務所の問題に、企業トップや経済団体のトップまで口先介入する異常事態です。様々な方がコメントをされる中で、もっとも筋が通ったコメントを出したのが、前ネスレ社長だった高岡浩三氏です。”ネスレジャパンでは、広告戦略は社長の重要な業務であり、自分も関与していた。ジャニーズに関する噂は、自分の耳にも入っていたため、リスク管理としてジャニーズのタレントを使うことはなかった”と発言しています。
私は、日本コカ・コーラとリーバイスストラウスアジアパシフィックで勤務していた時期に、広告やプロモーションに関わる機会が多くあり、華やかな世界の裏側を垣間見る機会を得ました。ブランドマネジャーは、商品すべてに関わり、責任を持つポジションです。商品開発をする段階から、どういったコミュニケーションをするかを想定しながら進めます。広告を出稿する場合は、そのための売上計画を立て、投資としての広告予算を獲得し、広告素材開発と出稿計画を立てていきます。テレビCMを出す場合には、広告代理店やクリエイティブエージェンシー向けに、ブリーフィングプレゼンを行い、コンペで広告内容を決めていきます。タレント選定も重要な仕事です。この場合、タレント起用については、いくつかの保険が付きます。そのタレントが不祥事を起こし、想定した通りの広告効果が得られない、または商品の価値を既存した場合には、損害賠償をしなければならない、という事項です。つまり、広告を出稿する場合には、それ相応の結果が得られることが求められるわけです。
日本コカ・コーラ在籍時、お茶製品の爽健美茶、紅茶花伝、コーヒーのジョージア、それにコカ・コーラをブランドマネジャーとして担当しました。国内のみの商品、国内商品ではあるものの経営へのインパクトが大きい商品、それにグローバルブランドと、異なる位置づけの商品を担当したことは、本当に良い経験になりました。ブランド管理、広告管理が、まるで違っていたからです。
コカ・コーラは、日本では長年販売されていることもあり、売上自体は大きいものの成長カテゴリーではありません。しかしながら、数字を落とすことも許されない看板商品です。そうすると、担当としては、刺激剤として人気タレントを使いたい、と思うようになります。当時、SMAPの人気が高く、何人もの担当者が、起用を提案していました。が、本社の回答は、”コカ・コーラは世界最大のブランド価値を持っている商品である。これを上回る知名度・好感度を持つタレントは存在しない。芸能人には必ずリスクがあり、このリスクがコカ・コーラのブランド価値を既存する可能性がある以上、起用は不可”というものでした。
ジョージアの場合、3名の女優を起用した”やすらぎ”キャンペーンが当たり、飯島直子がブランドの顔になりつつありました。成功したキャンペーンなので、継続で承認が降りると楽観視していましたが、回答は、”継続不可、新しいキャンペーンを早急に立案しろ”というものでした。ブランド育成に成功した後、特定のタレントに依存することはリスクである、という考え方でした。
これを受け、数名のモデルでキャンペーンが成功していた爽健美茶については、”爽健美人”のプロファイルを作り、そのプロファイルにあったタレントを変えながら起用する方針に変えました。モデルの登竜門にしてほしいと代理店に要請を出しました。
コカ・コーラは、オリンピックもワールドカップサッカーも初期から協賛していますが、その活用度や評価方法についても、すさまじいノウハウをもっています。その時々の経営者が、思い付きで資金を出しているわけではないのです。
コカ・コーラの後勤務したリーバイスでは、木村拓哉を広告に起用するというプロジェクトに巻き込まれました。ウォン・カーウェイ監督の映画主演が決まっていた木村拓哉を、グローバルブランドのキャンペーンに出したいというマネジャーの悲願を電通が受け、持ち込まれた企画でした。前任者で決定しているとの話だったのですが、実態はほぼ進んでおらず、本社承認を取るところからのスタートでした。このケースでも、コカ・コーラと同じようなことを言われました。つまり、リーバイス>木村拓哉である、という現実を考えろ、という点です。
それでも、何とか企画を進め、いざ素材を開発する段階になったとき、いくつかの条件を付けられました。①商品価値をしっかり表現する内容にすること②ニコパチは不可③世界的クリエーターを起用し、木村拓哉のCMにしないこと。これらのアドバイスを受けた際、”これを木村が理解し、クリアできれば、彼自身の評価も上がるだろうけどね、とも言われました。日本国内では、上記を達成できないとの話になり、シドニーにあったラディカルメディア(マトリックスの特撮チームのスタジオ)で撮影しました。撮影中も、まも、まあいろいろありましたが、キャンペーン自体は成功したと思います。
その20年後、ビックリすることが起きました。商品のリニューアルが決まり、再発売時に、再度木村拓哉でキャンペーンを実施することになったのです。テレビのワイドショーで見ました。これは、完全に”木村拓哉のCM"でした。商品に新規性もなく、CMも今ひとつで不発でした。で、この時に感じたのが、リーバイスブランドの凋落です。この時点で、リーバイス<木村拓哉になっていました。もう絶好の広告研究素材です。
さて、高岡さんのお話に戻ります。ネスレは、ジャニーズを起用せずしてこの時期大成功しています。一方で、巷にあふれる広告に、ジャニタレを使う理由はどの程度あるのでしょう?企業幹部は、ブランディングをどの程度理解しているのでしょう?
多くの日本企業にはマーケティングもブランディングもありません。それが、日本企業の価値向上の足かせになっているのは周知の事実です。実際に、広告案はほとんど代理店の提案に沿い、最後のタレント選びだけ役員会に出される、そして上級役員が”いやあ、私にもわからんからなあ、若い人の意見を聞こう”と言って、そのあたりを歩いている秘書を連れてきて、”誰がいい?”と尋ねる。そうすると、ジャニタレに決まる。まあ、そんなものです。
で、今回の経済団体のトップの発言を見ていると、まさにこの役員会そのものだと思ってしまうわけです。この発言をするとウケるかも、たまには自分もテレビに映ってみたい!そんな感じです。
ジャニーズの問題は、刑事事件を含む底なし沼で、まだまだ先が見えません。こんな問題に、安易に経済団体のトップが口先介入すること自体、リスクマネジメントが出来ていないと思わざるを得ません。ジャニタレ問題より、そっちの方が悩ましいと思ってしまいました。