スティーブジョブズの伝記を読みました。この数十年、IT業界のカリスマで居続け、何度も復活して劇的な最期を遂げた、という意味で、本当に彼は”伝記”に値する人だったのだと思います。私の周囲の多くの人が、マックには”友達”のような強い思い入れを持っていました。BCGで最初に導入されたパソコンはマック、その後、利便性を考えて、ウィンドウズに統一せざるを得なくなったとき、ずっと導入を担当していたITに強い先輩コンサルたちが、悔しそうにしていたのを今でも鮮明に覚えています。
彼の生み出す製品や、プレゼンの際の服装を見ると、ミニマリズムに共感している人なのかなあ、と感じていましたが、徹底した菜食主義者であったこと、京都や寿司をこよなく愛したことなどを知り、その背景の一端を理解することができたように思います。
以前一緒に仕事をしたベンチャーキャピタルの自慢は、アップルのスタートアップの資金提供をした、というものでした。(この本にも登場します)アーリーステージと呼ばれる初期段階で資金提供をすることは、VCにとって大きな意味があります。経済的にはそれで大きなリターンがもたらされること、初期段階で宝の山を見つける”目利き”の証明になること・気難しい天才たちにパートナーとしてみとめられること(これらは勲章のようなものです)、そして、最後にこの気難しくてわけのわからない非常識な天才たちをうまく操縦できることを証明することです。
事実、アップルのIPOにあたっては多くの逸話があるようで、私も何度か”汚い足を見ることに耐えられればね”という言葉を聞かされました。汚い足・・それって何?臭い人ならいくらでも見たけど(床に転がって寝てる、何日もお風呂に入らずに開発に没頭するのは当たり前の世界ですので)、汚い足って・・。この本を読んでようやく謎が解けました。汚れた裸足の足を、机の上に乗せて投資家たちとの会議に臨んでいた、ということだったんですね。一方で彼の宿敵として描かれている人についても、とにかく無類の風俗好きだった、という話も多いので、これに付き合わされた(と語るひとたち)の噂話にも事欠きません。
この伝記作家ですら、”ときとして、意地悪に感じた”と言っているほどですので、性格の悪さも尋常ではなかったようです。少しでもアップルで勤務した、スティーブジョブズの近くで仕事をした人で、”いい会社”とか”楽しかった”という言葉もまた聞いたことがありません。転職を考えている人を見るや”やめたほうがいい”と止める風景も何度も見ました。
そんな会社であっても、生み出す製品はやはりすごかったと思います。これを見ていると、バランスのとれた調和型の経営者では、とんがったものを出すことは難しいのか・・とも感じてしまいます。製品は好きだけど、多くの部分で共感できないと改めて感じたスティーブジョブズ、でもこの本を読んでいて、最後の最後でぐぐっと来る言葉を見つけました。
下巻の424ページから始まる彼のモノローグ。その冒頭の文章は私自身がこの会社を創るときに考えたことでした。これは折にふれ、社員研修でスタッフに伝え続けています。(どの程度伝わっているかはわかりませんが)会社という場所の意義・顧客との関係など。加えてIPO/ネットバブルの時代に登場した若手経営者に対する考え方は、私がアップルの創業時を支えたファンドとインキュベーションを通して感じた疑問そのものでした。
”大きな家を買い、クルーザーを買い、奥さんの顔は整形でどんどんおかしくなっていった”と表現されていますが、実際、この時代に若くして成功した人の一部は、30代で投資家になってしまい、物を生み出さない生活を送っていました。この流れの一部に乗っていたとき、”IPOしたら悠々自適の生活を送ればいい、退屈したら、小さな会社に投資をして暇つぶしに育てれば?”と奨めるベンチャーキャピタリストはとても多かったと思います。事実そううまくいく人がそう居るはずもなく、おかしな人生になった先輩たちを反面教師として、今の若手の様々な事業があります。
伝記作家の腕が良いのか、とてもわかりやすい内容で、彼のエキセントリックな面より、純粋に事業に打ち込む修行僧のような一面が描かれています。創りだすとはどういうことか、深く考えさせてくれる一冊です。