エルメス財団が編纂した本が出版されました。タイトルは「木」Le Bois
これがまた美しい
ヨーロッパと日本における「木」にまつわることを、多面的に記しています。自然、歴史、宗教、工芸、建築、環境問題、社会性、それにアート。キュレーションが素晴らしいので、それぞれの章の内容が深く、様々な分野の筆者の知見を引き出しています。
古い時代に使える素材は、木と石が主なものでした。地域によっては土(泥)がありましたが、これには熱をかけないと保存できる強度が得られませんし、金属の登場にはもう少し時間がかかります。その風土・気候故に、ヨーロッパでは石を中心に使用し、日本では木を中心に使用しました。
日本人は、木を、住居にも食器にも、そして仏像など祈りを捧げるものにも使用してきました。そして国土の8割を山が占めるという成り立ちから、様々な種類の樹木が生育したため、木の特性を踏まえて、役割を決めました。固いもの柔らかいもの、多く採れるもの、少なく採れるもの、続けて使うもの、一度しか使わないもの、など。その伝承において、神社仏閣や祭りなどのコミュニティが重要な役割を果たしています。
ずっと日本に暮らしていると、すべてが当たり前に思えてしまうのですが、著しく気候が異なる土地、例えば、中国とかモンゴルとかオマーンなどの森が無い場所に行ってみると、いかに木々が貴重なものか理解できるようになります。
食の道具についての章では、発酵学者である小泉武夫さんが、とても詳しく解説しておられます。飯櫃のくだりで、”飯櫃の材料はヒノキやサワラが多く使われるが、これらの木にはヒノキチオールという芳香成分と殺菌成分が宿っているからである。”と記されています。精油を扱っていると、成分分析でおなじみの考え方ですが、分析などできなかった時代に、木々が持つ作用を理解し、まさに適材適所の使い方をしていたあたり、ご先祖様は偉大です。
脱プラ、脱炭素と、世界中大騒ぎですが、先人たちは、最初から脱プラで脱炭素。素材を”感じて”、活かして、使い倒して、土に返す、そしてまた新たな種を育てて、また感謝して使う。
後半では、調香師のジャン=クロード・エレナさんが登場します。様々なメゾンの香りを作り、近年では、エルメスの香りを作り出している方です。ウッド系の香りの考察は興味深いものでした。昔は、とにかく希少なもの、高級なものが重用され、そして乱獲してしまった。豊富にある素材は価値が低いと見なされていたけれど、それが絶対的な価値ではない。(もちろん)。今はその素材が持つ、歴史やストーリーが重視されてきている。香りにも素材のストーリーが反映されるようになった、とのことです。
何度も繰り返し読める本との出会いは嬉しい!
そして、何より、とても装丁が美しい本です。書籍もデジタル化が進んでいますが、ページをめくる手の感覚、紙の材質と写真の色彩など、やっぱり紙の本は、”読む”行為を楽しませてくれます。これもまた「木」の効用。