広辞苑を見ていると、”もてなし”の事例が、源氏物語や平家物語から引用されています。この2つ、時代にはかなりの開きがあるので、まずは平安時代の源氏物語から。
この時代、貧富の差が大きく、庶民は満足に食べられず、餓死者も多いとの記録が残っています。が、宮廷は優雅そのもの。そして、まさに食べていくために、宮廷で出世して、お手当をもらうことがとっても大事なことでした。
そんな派閥争いの結果残されたのが、源氏物語と枕草紙。これも、作者は紫式部と清少納言という女流作家とされていいますが、いや男が書いた、いや複数で書いた、と様々な研究があるようです。当時の世情をうかがい知る上では、(誰が書いたにせよ)非常に興味深い2作品です。
この2つに共通しているのは、何がかっこいいか、ダサイか、という趣味的なことに、膨大なエネルギーが費やされているとう点。和歌の返しがオシャレだったとか、着物の色合わせがどうだとか、香合わせが絶妙とか、舞が素敵とか、冷静に読むと、まるで女子高生のようです。
でも、ここまでパワーを注ぎ込んでいたのは、一条天皇をめぐる女性たちの世継ぎ争いがあったからです。これも日本の不思議な点ですが、財力のある豪族や貴族がいても、最終的な権威は天皇家が持っている。たとえ子供でも、病弱でも、帝の子を為すことが何より大切。
そのため、宮廷で、”あら素敵~”と女御たちに一目置かれ、帝のお渡りが多くなるように、あの手この手で策を練ります。そのために、今でいう文化人やクリエーターが全力投入され、雅なお遊び全開となり、様々な祭事・歳時の形が出来上がっていくわけです。
この時代の”以て為す”は、宮中での出世争い+世継ぎ争いなわけですが、男性でもセンスが悪ければ嘲笑され、重用されない様が描かれていて、権力者の文化度も高し!というリベラルアーツ感満載の時代です。