2011年 3月11日の東日本大震災。この日を境に、人生や生活が変わってしまった人たちがたくさんいます。地震国なので、地震や津波は避けようがないと理解していても、東北で起きたことは、悲しすぎました。
東京では、当日の大きな揺れ、ずっと続く余震、計画停電、放射能への不安から、どんより暗い日々が続きました。東北の人の痛みに比べれば、と皆が我慢して、口には出さなかったけれど、それぞれにどうしようもない不安定な思いを抱えていたと思います。1ヶ月以上経って、広島に出張した際、まったく余震が無い環境で熟睡し、それだけで泣いてしまったことを思い出しました。
明日がどうなるかわからない不安、真っ暗な銀座の街、東北支援のイベントに参加せずにはいられなかった日々、そんな中、自分自身色々考えました。
昨日と同じ今日が来ない日が来たら、どうしよう?
改めて日本の立地を理解すると、日本で生きている限り、必ず震災はやってくる。どこにいるか、何をしているかで程度の差はあれ、全く影響が無いということはあり得ないでしょう。そう感じて初めて、時間が有限だということを実感しました。
その瞬間から、明らかに考え方は変わったと思います。自分にとって大切なものは何か、何かを決める際、より真剣に考えるようになりました。
私にとって大切なものは2つあります。
一つは、信頼できる仲間と価値あるものを創り上げるということです。時間が有限である以上、妥協したり説得したりすることに、時間を使うことはできません。多少範囲が狭くなってもいい、とにかく納得のいく仕事をしたい、理解しあえる仲間と。
もう一つは、日本人であることです。震災や放射能、それから日本の財政の問題などで、移住した友人もいます。まだ日本に居るのか、早く準備したら?と本当に親切にアドバイスしてくれる人もいました。でも、そんな会話をしつつ、逆に感じてしまったのは、自分は日本が好きなんだな、ということでした。
311以降、私が形にしたのは、昭島のスパガラントリー、大阪のオールザットスパオオサカ、プロジェクトとしては、鳴海製陶のアドバイザーとしてコンセプトディレクションしたOSORO,そしてこの春発売になったアマノフーズのフリーズドライのスープです。
震災後1年で、東京駅が完成したとき、これを作り続けた人たちは本当にすごい!と心の底から感動しました。昨日、東京駅を見て、その時のことを思い出しました。自分のやるべきことを、日々誠実に悔いなく、という強い強い思いは、311無くしては生まれなかったかもしれません。