日経の朝刊に連載されている「外国人材と拓く」の事例に、スパセラピストの受け入れが取り上げられています。沖縄を経済特区にして受け入れ実例を重ねれば良いのではないか?という提案です。(3月24日付け1面)
このスパセラピストの受け入れについては、経済産業省を中心に、10年以上も議論されてきた案件です。このところの人材受け入れの流れの中、動きがあるのでは、と思っていました。しかしながら、これを進めるには解決すべき問題がいくつかあります。
上梓した「SPA IN LIFE」の中でも書きましたが、北海道のウィンザーホテル洞爺でスパを開業する際、人材確保が最大の問題でした。シンガポールから来たスパコンサルタントが、他のアジア圏と同じ状況を想定しており、確認していなかったため、直前になってホテル側で大募集活動を展開することになりました。この時に知ったのが、セラピストは”風俗”扱いであり、スパ施設も、”風俗”の規定を受けるという現実でした。しかも、この規定は自治体や担当者によって異なります。あちこち役所を訪ねた後、地元の警察署に説明に行ったときの事は、今でも忘れられません。
その数年後、宮崎のフェニックス・シーガイア・リゾートにバンヤンツリースパを誘致したときも、状況はさほど変わっていませんでした。私の中に、地域を挙げての事業再生であり、その目玉の事業に、賛同し力を貸す役人がいても良いのではないか、との甘えがあったのも事実です。しかも、タイでの人材育成や基準の設定は、驚くほど明確でした。タイでは、セラピストという職業を確立するため、大きな努力を重ねてきました。バンヤンツリーから派遣されるセラピストやトレーナーは、大卒・高い英語力・セラピストの国家資格・国際水準の資格・バンヤンツリーアカデミーでの資格・3年以上の勤務経験を経たスタッフとの規定を設け、説明に出向きました。それでもNOでした。特例も認められませんでした。その結果、マネジャーとトレーナは来ても良いが、実際の施術に入ることは不可、という指導がありました。この時も”風俗”扱いだから、と説明を受け、腹立たしく情けない思いをしました。
それから10年以上が経ち、ホテルスパは市民権を得てきました。では、認知されているからセラピストを受け入れられるかというと、今度は異なる状況が起こっています。事業者自ら問題を作ってしまっているのです。
一つは、就業条件と環境です。当社に転職してくるセラピストで、過去の社保が完全に揃っている人は、数えるほどしかいません。本人が自由な契約を望んだ例も数件はありますが、中には、天引きされていたにも関わらず、保険番号が無い方もいました。ホテル側で契約していても、完全歩合になっており、最低時給も社保も保証されずに勤務しているセラピストが多くいるのが現実です。スパ協会を設立する際、企業入会の条件に、社保の完全順守を提案しましたが、当時は、”そんなことをしたら倒産する”との声が多数で、見送られました。その後数回状況を確認しましたが、大きな進展は無かったようです。世の中が”働き方”を問う中、改善できていると良いのですが。
もう一つは、まさに”風俗”です。ホテルスパブームの中、施設を整えることができないホテルのために、客室をマッサージスペースとして使うことを提案する事業者が出てきました。セラピストが客室に出向き、マッサージを行う仕組みです。これまでは、服の上からのシアツや整体が一般的でしたが、この施術とスパトリートメントの間という位置づけで、オイルトリートメントを提供しています。仕組み自体は良くできています。ホテル外の車にセラピストを待機させ、コールセンターから寄せられる派遣先に出向かせます。ホテル側には何の負荷も無く、売上歩合だけが入る仕組みです。取引先企業を見ると、外資・国内含め大手ホテルが利用しているのがわかります。営業時間は深夜が中心で、早朝5時までサービスは提供されています。このサービス、何かに似ています。ホテルが歩合を受け取ることを除けば、あの性風俗産業そのものなのです。この結果、当然〝事故”は起きます。この”事故”については、無かったことになっており、今では、このサービスとセットでホテルスパの運営を検討するホテルも出てきています。
バンヤンツリー導入の際、タイの政府関係者やスパ関係者と協議する機会が多くありました。横浜で行われたスパの大会で行われたスピーチで、タイの売春産業の現実と、そこから脱却するために、セラピストの地位の確立に取り組んでいる現状が紹介され、大きな衝撃を受けました。タイ人女性=売春婦という恥ずべき認識を変えるために、専門職としてのスパセラピストの育成に取り組む、とのお話でした。その後、タイのセラピストからインターナショナルトレーナーが育ち、中国で立ち上がっているスパの多くは、タイ出身のトレーナーが技術指導を行っています。タイ国内で勤務するのに比べ、10倍給与が高くなります。そのために、英語と国際水準の資格取得は必須ですが、費用対効果が明確なので、取り組む優秀な女性が増えています。
外から人を入れる前に、まずはこの労務問題と、風俗の問題を解決する必要があります。何度か関連する役所に相談に行ったことがありますが、解決には2つしか方法が無いと言われました。一つは優良なオペレーターで団体を作り、自主基準を設ける活動をし、相応しくないと思われるサービスを淘汰すること。もう一つは、被害者が声を上げることだそうです。つまり、”事故”で被害にあったセラピストが、その派遣会社を訴えるなど、声を上げることを意味します。多少問題があっても、労働と対価がバランスしていて、勤務を希望する人がいる限り、原則として役所は介在しない、という説明でした。ただ、ここにも問題があります。それは、スパ運営と客室マッサージをセットで行う事業者の場合、ホテルスパ勤務で募集をかけ、実際には深夜のマッサージを担当させる例があるという実態です。こうなってくると、希望して勤務したとも言い難くなります。
海外からのセラピスト受け入れの議論が本格化することは、今業界が抱えている問題を顕在化させ、改善する良い機会だとも言えます。お客様が来る日には、風を入れて片付けて、家人も快適になるように。