日本のホテルでの客室マッサージについて、尋ねられることが増えました。
所謂、シアツ・整体的なものだけではなく、オイルを使ったマッサージも深夜にホテルで提供されている事に気づいたのは、数年前。しかも海外からの知人や男性の友人からの質問でした。”ねえ、朝の4時までOKって書いてあるんだけど、これ、まっとうなマッサージなの?””資格ありとか書いてあるけど、実際は素人だよね?”"外部に直接電話しろって書いてあるけど、何だかとってもセクシュアルじゃない?こんなのホテルに置いてていいわけ?”
次に質問を受けたのは、金融機関や投資家の方々でした。”梶川さんの会社は、まさかこういうサービスはやっていませんよね?”
様々な状況や事業者が存在すると認識した上での、私の考えは、”原則行わない”です。
私は、提供するサービスを考える際、”自分の顧客としての実感”と”働く仲間としての共感”をベースにしています。
客室でのアロママッサージを受けたことは数回ありますが、その印象は事例によって大きく異なりました。まず、最初の経験は、バリのアマンキラでした。アマンブームの先駆けとなったホテルで、ヴィラは、湿気があろうが虫がいようが、”素敵~”と思わせるものがありました。マッサージがお薦め”!と聞いて頼んでみました。近所に住んでいるというおばさんが、籠にオイルの入った小瓶を入れて、花いっぱいの籠も下げてやってきました。トリートメントの前には、あちこちに花を散らし、照明をキャンドルだけにし、ベッドに大きなタオルを敷いてボディマッサージをしてくれました。上手だったかどうかの記憶はありませんが、波の音を聞きながら眠りに落ちた~という体験でした。
次は、湯河原の石葉でした。オーナーのお友達が海外でアロマの勉強をしていて、出張マッサージをしてくれる、と聞いて頼んでみました。ふかふかのお布団がどうなるのか?と思っていたところ、さささ~っとタオル地でできたシーツでくるんでくれて、極上のアロママッサージをしてくれました。無茶うまい~。素敵~、と大感激。(実はこの数年後、ウィンザーホテル洞爺でブルームスパを始めた際、セラピスト繋がりで来てくれて、奇跡の再開を果たしました)
でも、好印象だったのはここまで。
ホテルがレディースプランに力を入れ始め、宿泊+朝食+客室でのアロマトリートメントを販売するようになり、数回宿泊しました。が、そのどれも、内容は期待外れ。まず、セラピストが見るからに疲れている。手はささくれがあったり、煙草の匂いがしたり。はあ~とため息をつかれたこともあり、”もういいです”と途中で止めてもらったら、”返金できませんがいいですよね?”と言われました。それまでも、今一つだと思うことがあったため、この”返金”発言を機に、レディースプラン+客室アロマは受けていません。
出張であまりの疲れに、深夜のマッサージを頼んだこともありますが、そもそも、スパのベッドに慣れると、客室のベッドでのマッサージではどうにも寛げず、あ~勿体なかった、とがっくりすることが続いたので、今は自分でストレッチしたりお風呂を充実させて、マッサージは受けないようになりました。
ゲストとして、感じていることは、客室マッサージは、あくまでも間に合わせのものだということです。特に、オイルを使用したアロママッサージは、ホテルがスパの空間を作る前の、過渡期のサービスです。多くのホテルにホテルスパが誕生している事を思うと、セラピーの観点からは、役目を終えています。
ウィンザーホテルでブルームスパを立ち上げた時、客室マッサージをどうするか、ホテル内で議論がありました。この時点では、実は私、スパ立ち上げ責任者としては、売上が欲しくて、”ブルームスパでやりましょうか?”と提案しました。が、ホテル男性スタッフから、”圧が足りない””客室でトラブルになるのは避けたい”と指摘があり、外部のスポーツマッサージの会社にお願いすることになりました。男性スタッフも女性スタッフもいました。
その後、ブルームスパが雑誌に掲載されるようになり、スパのトリートメントを客室で受けたい、との要望が寄せられるようになりました。スタッフとも相談し、”In Room Dream"というメニューを作りました。これは2名同時に受けていただくのが基本で、トリートメントベッドの持ち込み、キャンドルやお花でデコレーションする、という内容でした。準備にも時間がかかるため、6万円ぐらいの設定にしたと思います。ハネムーンのゲストを中心に、人気がありました。1名で希望される場合でも、セッティングに人手がいるため、2名体制でのご提供としました。私が考える客室でのスパトリートメントはこのイメージです。
ウェルネスアリーナを設立した後、客室マッサージをどうするか、何度か考える機会がありました。ゲストも満足し、セラピスト側が質を保ちつつ提供できるなら、可能性はあると思いますが、結局今まで実現していません。それは、スパの空間が果たす役割が大きいことがまず理由にあります。マッサージは、ただ体をほぐすだけでは満足につながりません。まず脳がリラックスした状態でないと、体の副交感神経が優位にならないからです。”心身に働きかける”とスパ用語で表現しますが、脳へのサインと身体がほぐれることは双方向で作用します。私自身が、客室マッサージで満足を得られなかった理由は、この点が大きかった気がします。
リラックス感は、セラピストからも得られます。セラピストは、60分、90分のセッションのために、空間の準備をし、自分自身もコンディションを整えてトリートメントに臨みます。この準備の過程は、経験を積んだセラピストほど大切にします。例えば、私自身がスパでセラピストとミーティングをしていても、準備をすべきタイミングになると、セラピストから”話は後にしてほしい”と言われることもしばしば。社長よりゲストを大切にするスタッフです(笑)60分のマッサージと思われるかもしれませんが、最低でもその前後30分ずつは、ゲストのために時間を使います。概ね、実は所用時間は倍かかっています。この準備と笑顔が、トリートメントの効果を高めてくれます。
スパの空間は、セラピストにとって、ホーム。そして、ゲストの空間であるホテル客室は、アウェイになります。サッカーでもアウェイでパフォーマンスを発揮するのが厳しいように、セラピストにとってもリラックスしてゲストに向かうことはハードルが高くなります。これが、例えば女性のリピーターゲストで、お互い気心が知れている、お子様連れや何かの事情があって、スパの店舗に足を運べない、といった状況であれば、提供可能かもしれません。でも、まずは、ホテルスパに足を運んでいただき、まさに五感に訴える極上の時間を楽しんでいただきたいと思います。
客室マッサージの現状を知るにつけ、手探りで洞爺でスパを作っていた時のことを思い出しました。欲深く(とはいえ、夜10時ぐらいまでだったのですが)”客室もやりた~い”と主張する私に、”何かあったらどうするんだ、高級ホテルは、客室で起こるすべてに責任があるんだ”と大反対したホテルマンがいました。同時に、ホテルスパの誕生をとても喜んでくれて、あんな素敵な空間があるんだから、ゲストはそちらにご案内したい、と日々チェックイン時にスパの紹介を行ってくれました。高級ホテルの名を持つところでも、続々と深夜のオイルマッサージを導入する状況を見て、その頃のやりとりを懐かしく思いました。ああいう人はもう少数派なのだろうか・・。