新年早々ですが、ちょっと真面目な話です。
”無理と無茶”、一見似てますけど、大きな違いがあります。無理はちょっと難しいけど、頑張ること(でもかなり頑張る)、無茶は、そもそもやること自体が無謀なんじゃないの?ということ。
投資の仕事に関わっていて、撤収作業にふ~ふ~苦しんでいた頃、賢い友人にこの言葉を言われました。慰めもあったと思いますが、要は、このプロジェクトは”無茶”だったんだから、手を引くのは賢明だよ、という事でした。苦しみまくっていたので、”あ~なんて素晴らしいことを言うんだろう、やっぱりこの人凄いなあ”と心から感動したものです。
ただ、このところ、ちょっとこの言葉に疑問を持つようになりました。
一つは、この人自身が、賢い選択を繰り返した結果、ずっとコンサルタントとして転職し続けていること。何度聞いても違いがわから無い会社ばかりです。久しぶりに会ったら、とってもつまらない人になってました。う~ん・・。
一方で、いや~どうみてもそれは無謀でしょ?(私は無茶だと思ってました)という選択をした人が、20年近く試行錯誤した結果、社会にとっても多くの福音をもたらす事業を軌道に乗せています。別の例では、慈善事業としてはいいけど、それを仕事にするのは無茶なんじゃない?と思っていた事業をきちんと軌道に乗せて、今やある組織の顔役になっている人もいます。どちらも、立ち上げのときには、真っ青な顔をしていましたが、長い時を経て、本当にイキイキしていて、話も本当に面白い。一生友人でいたいです。
無理と無茶の判断は、本当に難しいものですけど、リスクばかり考えて勝負に出ないと、結局何も得られないのかもしれません。
やると決めたら、理屈を超えて突っ走らないと、見えないものもあります。時間がかかるものもあります。
結局、お仕事なんて、自分が納得して自主引退するときに、”これをやった!”とどれだけ自分が納得するかどうか。
かくして、またまたトライ&エラーを繰り返す私。無理も無茶も”やって良かった!”に変えられるといいな、と思う年初です。