文芸春秋社で、食のコンテンツに長年携わっていた柏原さんは、本を上梓されました。
今や食は日本の強力なコンテンツです。カジュアルな食から寿司、高級なフレンチまで、日本の食を楽しむために来日する海外のVIPも珍しくありません。
ミシュラン3つ星の常連である和食の”かんだ”では、以前からゲストのほとんどが海外からのゲストである事が当たり前でしたし、銀座の高級鮨店にいたっては、日本人ゼロの日もあると聞きます。
東京、京都、大阪といった都市圏から、いかに地方に富裕層を誘致するか?が今の日本の観光の大きな課題です。柏原さんのこの本は、観光課題にも大きな示唆を与えてくれます。あと、堅苦しい話抜きで、この本に登場する日本各地の美味しいお店を訪ねる旅も楽しそうです。
この本に、富山のL'evoの谷口シェフが登場しています。Destination Restaurant2021で1位に選ばれています。彼の進化に、ガストロノミーツーリズムのヒントがあるように思うので、書いてみます。
富山県民でも”遠い!””行くのが怖い”と言う利賀村にオーベルジュを構え、予約の取れない店として有名になっている店で、そのオリジナリティが話題になっているシェフですが、彼も最初から今のスタイルだったわけではありません。
私が最初に彼の料理を口にしたのは、随分前のことです。リバーリトリート雅楽倶というお宿に宿泊し、ディナーをいただきました。特徴のない普通のフレンチだなー、というのが第一印象。ロアゾーの流れを組むフレンチ、というのが売りのお店でした。北野ホテルから派遣されていたそうです。”どうでしたか?”と食後に聞かれたので、率直に”悪くは無いけど、わざわざ富山まで来てこの料理を食べる意味はない”、と伝えました。説明のたびに、フランスの地名が次々に出てきて、いかに高級食材を使っているか、お皿もグラスもナイフも、すべてフランス製の高級なものだと、やや気取って語ります。多分、そんな態度が鼻について、厳しいトーンで言ってしまったのかもしれません。
ただ、当時は日本自体がブランド志向で、地方都市では、海外や東京の名のある店の支店を誘致するのが必須、という流れだったので、ある意味普通の事をしていたのだと思います。
その後、富山市長の森さんからの依頼を受け、シティプロモーションの手伝いをすることになりました。クレアトラベラーを使って、情報発信をすることになったのですが、困った点がひとつ。誌面が地味・・・。富山は良いものはたくさんあるのですが、質実剛健すぎて色彩が暗いんです。素材はあるのに、料理もこれといったものがなく、あってもます寿司。カフェも無い・・。う~んと困り果てた私は、雅楽倶さんに相談に行くことにしました。
”誌面に映える美しい富山薬膳を作って欲しい”というのが私のリクエストでした。取材するんじゃなくて、ネタから作って掲載するというほとんど”やらせ””の世界なのですが、致し方ありません。そこから試行錯誤が始まります。谷口シェフは見事な料理を作りあげ、本当に美しい誌面が出来ました。その過程で、地元の生産者さんとの交流が増えていったようです。
生産者について熱く語る中、頻繁に登場したのが、その後彼が移り住む”利賀村”でした。当初はジビエを届けてもらうだけが、芹などの山菜、育てている人参なども届けてくれるようになり、彼の料理はどんどんワイルドになっていきました。(個人的にはちょっとやりすぎ感ありましたけど)
目覚めた彼は、独立したいと思うようになり、北野ホテルの店名から、自身の店L'evoを同じホテルに出店する形になりました。その事を教えてくれた時の目の輝きは今でも忘れられません。オープニングの時は、お宿からご招待いただき、桝田さんと一緒のテーブルで彼の新しい料理を祝福しました。家具、食器、カトラリー、酒、食材すべてが富山産、これが出来るのは富山しかない、自分は本当に恵まれている、皆さんに支えられての今がある、とスピーチしていました。
その後彼は、雅楽倶を出て、利賀村に引っ越すことになります。開業と同時に予約で埋まり、そして多くの媒体を飾ります。これは、もちろん彼の頑張りの賜物なんですが、その顧客のネットワークもメディアのネットワークも、すべて雅楽倶さんが惜しみなく与えてくれなものです。ある意味、私もその一部です。
あのレストランの成功は、ベストプラクティスとも言えるもので、私なりに感じる成功要件がいくつかあります。
まず、シェフがハイレベルの基礎力を要している点です。サヴール時代の料理も味はしっかりしていました。食材の扱いも上手で、ロアゾーの料理を理解し、きちんと再現しようとしていたと思います。その基礎がないと、ジビエの扱いや香りの強い野菜類の扱いが出来ず、単なる野趣あふれる料理になってしまいます。
そして、高級食材に触れる経験も重要です。フランス産の高級輸入食材と書きましたが、これが世界のスタンダードです。特に、肉、バター、調味料、珍味系(フォアグラとか)の最高級レベルの食材を理解した上で、日本の食材を評価する必要があります。日本はキノコ類が豊富な国ですが、ポルチーニと比べてどうなのか?トリュフの香りを比べてどうなのか、といった視点は欠かせません。比較せずに、”地元食材だからいい”の思い込みでは、食通を納得させることは難しいと思います。
あとは、地元でいかに理解者や仲間を増やすか、という点です。成功しても驕らず、生産者に敬意を持ち続けること、きちんとした価格と支払いで良い取引を続けること、応援してくれる人との縁を大切にすること、スタッフを大切にすること、などです。狭い世界なので、悪い話はすぐに広がってしまいます。地方で何かを為すとき、信頼の重みは都会の数倍あるかもしれません。
最後の点は、”自分の資金でやること”です。料理人にスポンサーの紹介を頼まれて、いくつか繋いだことがありますが、残念ながらそのどれも今は存在していません。会員制になったところも、結局潰れてしまいました。シェフには経済的に安定していて欲しいと思ってお手伝いしたのですが、そう甘くない面があったのだと思います。シェフが人生をかけてやっている!という姿勢に、多くの人が共感し、応援の輪が広がることで成功への道すじが見えるんだなあ、というのが、レヴォを見ていて感じることです。
日本が美食立国として成長する可能性は高く、地域経済への波及効果も大きいと思います。この流れで、全国各地に素敵な食の拠点が生まれて欲しい。そして、そこを旅することは、人生の大いなる楽しみです。