NHKの大河ドラマでは「篤姫」が放送され、歴史好きの私にとっては、日曜夜8時を楽しみにする日々が続いています。
原作は宮尾登美子さんですが、皇女和宮との比較の中、何かと”いじわる姑”と描かれることの多かった篤姫を公平な目で描きたかった、とあとがきに書いておられたのが印象的でした。
作家によって、歴史上の人物の解釈や魅力が変わるのが歴史小説の醍醐味です。山岡壮八の歴史小説も大好きですが、司馬遼太郎の小説にはまた違った魅力があります。随分前に、NHKの大河ドラマになった「花神」では大村益次郎を中心とした幕末を描いており、これで一気に幕末の時代に興味を持ちました。これをきっかけに土方歳三に惹かれ、その最後の地、函館に何度も足を運んだりしました。なので、その後にいくつか放映された新撰組、幕末、あたりをテーマにしたドラマをいつも楽しみにしていたのですが、どうもピンとこず、心の底から期待した、数年間の大河ドラマは本当に本当にガッカリでした。役者もダメだったけど、やっぱり原作・脚本に限界があったのかも・・。今回の「篤姫」も、宮尾原作に忠実にしてね~と心から願うばかりです・・。
「花神」に触発されて、随分多くの司馬遼太郎作品を読んだつもりではいましたが、改めて手にとって見ると、作家自身の視点がいかに広く深いか、腰を据えてその作品に取り組んだかなどの想いが伝わってきて、パワーに圧倒されます。
最近読んだのが徳川家の成り立ちを描いた「覇王の家」と、長岡藩家老の河合継之助を描いた幕末時代の「峠」です。「覇王の家」は徳川家康がいかに徳川幕府を作り上げたかを描いており、一方で、「峠」はその崩壊の過程で、譜代藩であった長岡藩が幕末の嵐にいかに巻き込まれたかを描いています。
私の好きな言葉は、ずっと変わらず「温故知新」です。なかなか人間は変わることもなく、大きく進歩することもないもんだなあ、と思うことが多いのですが、色んな状況に置かれた過去の人々がどういった環境でどういった意思決定をしてきたか、ということには多くの示唆があると思っています。
実は、今回「峠」を読むまで、河合継之助という人物を全く知らず、北陸戦争のこともほとんど記憶にありませんでした。まず結論ありきで読むことが多かった歴史小説の中、今回は筋書きそのものを知らずに3巻を読み進んできましたが、悲劇の結末に、昨夜たどり着き、やや重たい目覚めとなりました。
これを機に、司馬遼太郎の大阪の記念館や長岡を訪ねてみたいと思います。