友人がFBにある食体験の投稿をしていました。「味、内装、器、接客のどれも良い店だったけれど、音楽がめちゃくちゃで、心地よく無かった。料理も、あるレベルを超えると、味そのものが占める要素は下がるのではないか?」という指摘です。ちなみに、金融関係の男性で、芸術畑とかクリエーターという訳ではありません。MBA留学・起業・ファンド関係・ビジネスカンファレンス登壇多数、というタイプです。
こういうタイプの人でも感じる事なんだ、と勉強になりました。ふむふむ。そのご友人たちの投稿も面白い。ホテルにとっては、大切なお客様カテゴリーなので、絶好のリサーチ機会です。
そう言われて考えてみると、私が行く店では、音楽が流れていない事に気づきました。客同士の会話、お店の人との会話で十分なんだと思います。以前は、フレンチレストランで、クラシックの生演奏をするところもありましたが、このところあまり見かけません。
味<設え、なのではなく、味を追求する中で、設えのレベルも自然と上がっていくものなんじゃないかと思うんです。そこに気づかない店は、いくらPRに力を入れていても、どこか雑さが残り、結局生き残れない気がします。
フランスでミシュラン1つ星をとった日本人として、注目されている若手の料理人がいました。フランスと日本を行き来して、メディアにも多数登場し、注目を集めていた方です。何度かお店にも行きましたし、友人で応援している人も多かったので、パーティにも何度か行きました。が、どうしても気になったのが、洗面所の花が造花だったことなんです。しかもずっと同じ花。何年も同じなので、花弁も相当汚れていました。で、ハンドウォッシュは、「キレイキレイ」です。料理自体も、何となく繊細さが無い印象だったので、誘われれば行くけど、自分から敢えて行く、という感じではありませんでした。日本のお店はすでにありません。
コロナ禍にあっても、人気店はずっと人気店です。骨折していても頑張ってお出かけした「かんだ」はその筆頭ですが、料理はもちろんのこと、器とその扱いが本当に素晴らしい。いつ行っても、その丁寧さに心地よさを覚え、幸せな気持ちで店を後にすることが出来ます。このレベルをずっと続けていることも凄い。
フレンチもイタリアンも良い店は多くありますが、調理場と客席が独立している分、チーム力が問われます。
かんだ、いしかわ、とミシュラン3つ星をずっと連続して獲得しているお店は、ご主人がカウンターの向こうにいて、全体に目配せをしています。その目配せを、スタッフが感じ取り、動きます。五感の伝播という感じ。
こだわりのある和食屋さんの場合、器や花材を支える職人さんがいます。いい器だなあ、と思って眺めていると、たいていは、「**さんに焼いてもらった」という答えが返ってきます。型が必要になる磁器に比べ、手びねりやろくろで作る陶器の方が、小回りもこだわりも効き、より料理に合った器を作りやすいのだと思います。
料理屋さんにもチェーン店とこだわりの店があるように、スパにも同じレベルの差があります。チェーン店の便利さや手軽さはもちろんその価値がありますが、五感を満足させる顧客層が増えていることもまた事実。
その感性や、期待感に応えられているか、改めて考える機会になりました。