古巣の親分子分で食事会の数日後に、アルムナイパーティーがあり、いつもの塩野のどら焼きを美味しくいただきました。思えば、この会社との出会いは、学生時代のインターンシップだったのですが、短い期間ながら、日々強烈な驚きの連続でした。
その一つが、”手作業”についての考え方です。そもそも学生にとっては、慣れない作業の連続なので、データを前に途方に暮れることが多かったのですが、どうも周囲の人は進め方もペースも違う。自ずと業務分担が決まり、私はやや作業的な業務を請け負っていました。すると、ペアを組んでいた男子学生が、”ねえ、そういうの、苦痛じゃない?”と聞いてきたのです。別に嫌味を言っているわけではなく、ちょっと申し訳なさそうな口調でした。彼はじっと考えている事が多くて、その横で私がデータの仕分けとか入力をする状況だったので、気になっていたようでした。私の方は、じっと考えると言っても、何を考えて良いかもわからなかったので、作業はむしろ気が楽。ランチタイムに聞いてみると、”単純作業をするなら死んだ方がいい”という考えなんだそうです。彼は東大を卒業した後、日銀に行き、そのあと、大学教授になりました。統計が得意な人でしたけど、数学を極めている人にはかなわないんだ、と言ってました。上には上がいる・・。
彼は結局BCGには入りませんでしたけど、入社後気づくと、こういうタイプの人が主流の組織でした。じっと考え、そしていつの間にか答えを見出す。
私はこういうタイプではなかったので、悩みました。どうすれば良いのか。
ある日、新しいプロジェクトにアサインされたとき、親分のアポを取り、相談に行きました。どうやって付加価値を付ければ良いかわからない、と率直に悩み相談。親分の答えは、”手触り感”を得るまで、自分のペースで深堀したらどうか?というものでした。その日から、私は、手と足を使うことにしました。クライアントと競合の商品を集めて、使い、分解し、リストを作る。店舗も可能な限り行きまくり、棚割りと並べ方を見る。当時、スマホが無く、写真を撮りにくかったので、店を出てからノートにイラストを描いてました。営業マンでも気づかないような傾向値を見出し、それを切り口にすることが私のスタイルになったのだと思います。何十年もたつのに、この地味な作業を、親分は覚えていてくれました。
手作業の良いところは、ルーチン化すると、体調や気分のムラがあっても、ある程度進むことです。今日はノリが悪い・・と思っても、少しはやっておく。そうすると、調子が良い時に、一気にアイディアが出るようになります。
親分に質問したときの答えはこうでした。
若い人のひらめきなんて、実は大したことない、引き出しが少ないから。手足を動かし、本を読み、旅をして、本物を見て、その蓄積でようやく何か良いものを作れるようになる。
今でも結構、地道な作業が好きな方だと思います。手作業を繰り返して、たまに町に買い物に出たりすると、一気にひらめきます。
私にはセンスが無い、何もひらめかない、と悩んでいた時の事を、親分と久しぶりにお話して思い出しました。