さて、歴史を振り返ったところで、精油の事を考えてみたいと思います。
アロマテラピーは、1980年代に日本に登場しました。高度経済成長を経てバブル期が終わり、徐々に24時間働けなくなった日本人は、”癒し”を求め始めていました。雇用機会均等法で、女性の働く場が広がったものの、ギャップに苦しむ人も多く、転職や留学がブームになる時期でもありました。初期に活動した方の多くは、日本で会社員として勤務した後、イギリス、フランスに旅行や留学で出かけ、そこで資格を習得し、キャリアチェンジとして日本で普及活動を開始します。海外のブランドにとって、経済成長著しい日本は、魅力的な市場でした。
アロマテラピーの活用の仕方は、医療用、スパなどでの使用、それに香りを楽しむ雑品としての使用まで多岐にわたります。団体もいくつもあり、活動の仕方や考え方はそれぞれ異なります。国際資格から国内の団体の資格制度まで、これも様々です。
スパで採用するメソッドは、いくつかありますが、アロマテラピーの教育プログラムで必ず入っている生理解剖や植物学、禁忌事項、コスメクラフトは、参考になる事が多いので、私もいくつかの講座のカリキュラムを受講し、レポートも提出してきました。考えの違いを理解することもまた勉強になります。
そんな中、興味を持ったのは、国産精油に対する評価と芳香蒸留水のことです。
精油の種類や産地は、欧州を起点に考えられる事が多いため、資格試験を受ける際に覚えるべきとされている精油の中に、国産精油はほぼ入っていません。一方で、すでに流通していないもの(絶滅危惧種とか)、香りが日本人に好まれず、購入してもほぼ使う機会が無いものも含まれています。しょうがない、試験対策で・・と諦めつつ使います。試験は試験、実用は実用で、と考えれば良いと思うのですが、中には、輸入精油至上主義になってしまう方もおられます。国産精油について質問をすると、”あんなものは”というご評価だったので、そういうものかと思っていましたが、本家本元の方々からは、”日本の精油を何とかして入試したい、あれば素晴らしい!”という連絡が入ります。ある意味、初期に海外で学ばれた方にとって、”あちらのものが良い”というのは、アイデンティティの一部なんだろうな、と思うようになりました。
私にとって、確かな精油とは、①香りの品質がしっかりしていること②産地と作り手が明確なこと③成分分析を定期的に行っていること④採取日がはっきりしていること、そして⑤工場見学ができること です。希少な精油ほど、疑和が多いという話を聞けば聞くほど、この思いは強くなってきました。日本でこういった精油が手に入らないならまだしも、全国に情熱をもった作り手がおられ、大学の研究機関と共同で検査も行っており、そのレベルは相当高いです。しかも入手できる種類が多い。この状況を考えると、優れたものはメインに据えて活用していく方が良いのではないかと思うのです。
そしてもう一つは、芳香蒸留水のことです。精油を学び人なら必ず知る人、超人イブン・スイーナ。アラブの医師で、最初に水蒸気蒸留の機器を考案し、ローズの蒸留を行ったとされています。初期において、植物からの抽出物として活用されていたのは、芳香蒸留水や抽出液です。その後発展したアロマテラピーでは、定義としてエッセンシャルオイルを使用した自然療法と書かれているため、芳香蒸留水については、セラピストでも興味を持つ人は一部です。ただ、実際に蒸留工程を見ていると、芳香蒸留水の中にも、植物によってはかなりの油胞が含まれていたり、そもそも親水性が高い成分が有効な植物もあるため、もっと活用されても良いのでは?と考えています。
輸入を前提に考えると、精油の方が取引に向いています。単位量あたりの売上が大きく、腐食しにくいからです。一方で、芳香蒸留水は、産地に近ければ近いほど優位です。かつ、樹木系の植物からの採取率が高い事を思うと、日本において特色を出しやすいもののように感じます。
メソッドも商品も、輸入至上主義で発展する段階では、足元の宝に気づきにくいものです。植物の良さに気づく人が増え、歴史を学び、日本と海外の違いを理解していけば、自然に行きつくのが、国産精油や芳香蒸留水をもっと活用する、という答えであるように思います。
日本では、これまでも、海外から入ってくるものに敬意を払いつつ、改良に改良を重ね、高品質のものを作り上げてきました。ワイン、ウィスキー、フランス料理など。そのどれも、”日本風**”ではなく、本質を守りつつ質を高めた結果、海外でも高い評価を得ています。量は追わず質を追求する形での事業化です。
蒸留の現場に行くと、その地方ではウィスキーやジンを作っていることが多く、釜の改良や雑味の取り方など、事業者同士で意見交換をしていることが多いのです。すでに一足先に成功を収めた方々からは、”精油もワインやウィスキーのようになりますよ”のお声をかけていただくこともしばしば。
自然と会話をしながら作り上げるものが、日本には合っているのかもしれません。