今月はじめ、ボストンコンサルティンググループのアルムナイパーティがありました。全世界の事務所でほぼ同じ時期に集う”同窓会”です。私が入社した頃、日本ではコンサルティングがまだ定着しておらず、コンサルティング会社を”卒業”した後のキャリアが確立できている状況ではありませんでした。
一足先に、米国では錚々たる大企業のトップをコンサルティング会社出身者が占めはじめており、”社長になる修行の場”としての地位を固めつつありました。”でも日本は伝統的大企業が強いから・・、外資がどこまで入ってくるか分からない閉鎖的な市場だし・・”と今後のキャリアについてはやや悲観的な見方が多かったように思います。
それから早20年、BCG東京も、多くの”社長”を輩出してきています。メーカー、IT、製薬業界、ファンドの代表、ベンチャーなど活躍の範囲も多岐に亘ります。そして早稲田、一ツ橋などの経営大学院の教授としても多くの方が活躍中です。
そして私が次に勤務した会社、日本コカ・コーラもまた社長を多く輩出してきました。BCGとやや異なるのは、女性社長も目立つことです。親しくしていた友人が、イキイキと活躍しているのを見るのは本当に嬉しいことです。金曜日の夕方4時に、それぞれの部署をこっそり抜け出し、東京駅で集合した後、奥湯河原の”石葉”で女性だけの金曜日の夜を満喫したことを今も懐かしく思い出します。(おいしいものを食べつつ、いいお湯につかりつつ、メインの話題は”会社はどうあるべきか?”との超カタイ内容でした。)
さて、BCG、日本コカ・コーラともに、卒業後社長になった方々には一つの共通点があります。それは”はっきり物を言う人たちだった”ということです。どんな組織でも、色んな意見がある中、幹部の意見い100%合意できるときばかりではありません。BCGのときには、私はまだジュニアスタッフだったので、見えていないことも多くあったと思いますが、日々ぶつかり合いがあった、というのは後になって聞きました。
コカ・コーラに入った後は、私もかなり”物申しました”が、他の方々もかなりのものでした。今や、高成長で注目される、ある化粧品会社のトップとなった女性も、よく会議で撃沈し”くやしい!自分が情けない!”とわんわん泣いており、そっと慰めたものです。正直そんなとき”ひどい会社、私もいつか辞めてやる~”などと思ったこともあります。そして私自身も、追加の予算を認めてもらうため、朝が早い外人役員を朝7時にドア前で待つ、ボトラーさんの合意を月曜日会議前に取り付けるため、土日に入り、役員とゴルフをご一緒する中で信頼してもらう、汗まみれでコカ・コーラベアーの着ぐるみに入ってイベントの手伝いに行く、など提案を通すために、考え付くあらゆることをしました。今思うと、本当になぜあんなに働いたのか?と不思議に思うのですが、ただ”負けたくなかった”のだと思います。(何に?と問われるとまたこれが答えが見つからず情けないのですが・・)
でも、今思うのは、この厳しさは、得がたいトレーニングの場だったのではないかということです。異なる意見を通すため、本当に意地があればあらゆる説得の準備と行動を取ります。ぶつかってぶつかって、そしてまたやり直す、という経験がその後の人生に活かされないはずはありません。そして有難いことに、BCGもコカ・コーラも多くのチャレンジの場を数限りなく与えてくれました。
いい出会い、いい経験を重ねてきた幸運をしみじみ感じます。