香りというと、今やアロマテラピーが主流の日本ですが、長い歴史を持つ香りの伝統が存在します。それが香道です。
香道は、室町中期から始まり、徳川幕府の庇護を受け、大奥でも楽しまれていました。その意味では、極めて限られた方々向けのお遊びだったと言えます。香木も大変希少なものを使いますし、お道具も蒔絵が施された豪華なものが多く華やかな印象を受けます。
一子相伝で、香道を継承してきた志野流が、500年を迎える記念行事があったので、行ってきました。
会場は、徳川家の菩提寺である増上寺
会は、午前中が本殿での献香式、午後は聞香、名香と続きます。
献茶式には、これまで数多く出席してきましたが、献香式は初めて。お坊様の読経があり、香を仏様に捧げるという流れは、献茶式と似ています。この日、徳川家の方々がずらりと並び、お坊様の読経も本当に素晴らしく、格式を感じさせるひとときでした。読経も、人はこんな声を出せるんだ、という迫力があるもので、かつその合間に鳴る鐘の音も深く広く温かいものでした。いやはや、法事の際に、”早く終わらないかな~”と聞いていたお経が、こんなに凄いとは。(逆に、全国のお坊様、修行しなおしてほしい・・・)
そして、この会では、なんと”蘭奢待”が焚かれました。あの・・・あの・・・蘭奢待です。志野流には、何片かが継承されているそうで、その一部が使われました。
展示の方は、6月26日まで開催されています。こちらは誰でも入れます。
香木が希少で、今あるものを焚いてしまえばもう無くなる、というお話を若宗匠から伺っていましたが、この展示を見て、ようやくその意味が理解できました。自然環境と時間の積み重ねの産物で、短期熟成という選択肢は無いのだそうです。
そんな若宗匠は、サステナビリティの取り組みや、香道の香りを広げる取り組みをなさっています。なので、この日の記念品はこれ。
クリストフ・ロダミエルさんというフランス人の調香師さんが作ったディフューザーオイル。伽羅、サイプレス、サイプレス樹脂、ホワイトシダーウッド、シナモン樹皮、サンダルウッド・・・と樹木系オンパレードのブレンドでした。
とはいえ、お香で感じる深さや優しさはあまり表現できておらず、あの繊細さを精油やブレンドのフォーマットで表現するのは、ちょっと厳しいかなあ、という印象を受けました。
ちなみに、お茶でもかならず香を焚きます。風炉のシーズンになると、サンダルウッド(白檀)が登場します。アロマテラピーの世界では、高級品、希少品として扱われている精油ですが、お茶の世界では、問答で訪ねてはいけないとされています。あまりに一般的で格が高くない(つまり、聞いては失礼ということ)からなのです。訪ねて良いのは、伽羅以上、と言われました。
そんなサンダルウッドも、アロマテラピーブームの中、急激な伐採が進み、あっという間に絶滅危惧種に指定されました。今、オーストラリアなどで植樹が進んでいますが、アジア圏で以前採取された精油の香りには及ばない、との声も良く耳にします。
言葉では同じでも、体験するとまるで違うもの。読経、香り、その空間に身を置いたときの印象。
希少で限りあるものの素晴らしさ、でも、持続性に問題があるもの。
皆で楽しめる素晴らしさ、でも、広げると中身が変わってしまうもの。
と、色々感じた一日でした。
そして、感じたことがもう一つ。音と香りは空との交信であるということ。古来から、人は様々なものを神や仏に献上してきましたが、天に向かうものは、特に大切なものとされてきました。
眩しいほどに晴れわたったこの日、平和を祈る想いが空に昇っていったと思います。